疲労という概念を覆す理論を見つけたかもしれない件。

どうも。こんにちは。学生ホールでこのブログを書いています。

昨日、久保村がもうすぐで留学に行ってしまうので、飲み会を飯田橋で開いたのですが、最初の一件目が、俺の高校と大学の先輩の啓介君がはたいている「竹子」に行って二件目が鳥貴族に行きました。

想定通り、僕は、一次会からつぶれる兆しが見え、二次会で決まってしまいましたが、なんとくぼむらまでも決まってしまうという、珍しいことが起きてびっくりしましたね。(笑)

 

ここからが、あれなんですけど、僕は、飯田橋総武線で0時発の電車に乗って、新宿に降りるはずが、目が覚めたら、西荻窪についていて、終電逃したので、経堂まで行ってタクシー乗って向ヶ丘遊園まで帰ろうとしましたが、西荻窪から電車乗って、目が覚めたら、終点の東京駅に着きました。焦りました。もう電車がなかったので。

 

しょうがないので、金を下ろして、人生初の1人カラオケオールしました。朝まで。

(歌ってないよ!!ひたすらヘッドホンで音楽聞いて横になってました。寝れなかったので)

またもや朝帰り。( ^ω^ )

 

で東京駅で始発に乗って、実家に6時過ぎに帰って約3時間寝て、2限の氏家教授の法律学科特講の授業に出ました。

ここで自分でもびっくりしているのが、全然疲れていないし、眠くもないということです。トータル4時間しか寝ていないのに。

 

なんでだろうと、思って考え抜いたところ、あることに気が付きました。

それは、疲労は幸福度が高いとそれを感じないということです。

 

今の俺は、飲み会がすごい好きで、というより、人と話すのが面白いので好きなのです。特にサークルのだちは面白い人ばっかなので、とても話してて楽しいです。

 

というと、昨日の飲み会も全体の8割ぐらい話していて笑ってたぐらい楽しかったのです。

以上から考察すると、楽しい。と感じることは、頭の前頭葉から送られる、疲労の信号や、体の消耗さえもかき消すのではないかという仮説を立てました。

それが、昨日の実証でもありました。

ということは、結局、何が言いたいかというと、早めに、自分なりの、人生の目的や自分が何ができて何ができないのか?、自分は何をしているときがワクワクするのか?

自分は何をしているときが幸福と感じるのか?楽しいのか?もっと言えば、生きがいなのか、生きる理由なのか?

といった、人生のミッションを早期から見つけることで今後の人生ががらりと急激に変わると思います。

なぜなら、俺は、もうそれをまだ50パーセントぐらいですが、見つけたからです。

面白さ、明るさ、ポジティブ、ネガティブ、暗いがどんどん伝染していくように自分が変わるとおのずと環境が変わります。

しかもすぐに!!!!!

これらを見つけた時、自分で理解した時に、疲労という概念やそれを理由としてある目標から逃げようとすることがなくなると思います。100パーセント言い切れませんが。俺は勝手にそう思っています。

以上、行政法の氏家先生が面白すぎて、倉部ゼミのゼミ長になったばっかですが、氏家ゼミができたら、そっちにいこうと思っている反逆者の岩井勇気でした。

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